比金山・如意寺
2016/8/27
神戸市西区櫨谷町の比金山・如意寺は、
5年前までは地元の心休まるお寺でしたが、今でも少し離れた心休まるお寺でした。
比金山・如意寺は大化元年(AD645)に地蔵菩薩と毘沙門天を祀ったのが起源。孝徳天皇の勅願寺と定められるが、後に荒廃と伝えられるも、創建はAD1200年ころ?
如意寺は櫨谷町の山奥の谷あいにありますが、谷を囲む山を越えれば新興住宅地・西神・井吹台が開発されています。
仁王門
櫨谷川に沿う櫨谷町から支流の小さな川沿いの櫨谷町谷口の谷あいを通る道にあります。
道路は仁王門を巻いて通っていますが、少し先で行き止まりです。 が、散策道でのみ、西神団地と繋がっています。
仁王像 吽像 阿像 鎌倉時代の塑像
鎌倉から室町時代に興隆し、江戸時代にも塔頭11院を数える古刹である。
ですから、この仁王門ももちろん境内の中にあったのでしょう。
遠くに3重塔の水煙が見える。
(Wikipedia :塑像 の項では、如意寺の仁王像・阿形の写真が記載されている)
現在の如意寺の伽藍入口 横には巨大な菩提樹
文殊堂
南面は懸造様の高床 聖僧文殊の厨子、秘仏の本尊は地蔵菩薩、
北西から
北面から ・・・ご本尊は左側
東の蔀戸(シトミド)の格子穴から ・・・真正面は板戸になっています
ご本尊は秘仏ですから厨子の中でしょうから、前立仏?と仏像2体。 聖僧文殊尊と??
新しく御詠歌が掲げられています・・・
(蓮葉:はちは)
三重塔 各階に仏像を安置していた。 大日、釈迦、多宝如来。
三重塔前からの境内 中庭と対面には常行堂
中庭から本堂跡
元本堂奥から
戦後解体された元本堂の礎石
元本堂からの展望?
石灯篭から
常行堂 阿弥陀如来 ・・・・神戸市で一番古い建物
ここの蔀戸は格子のある板戸で中が見えません。
如意寺の文殊堂、阿弥陀堂、三重塔は国指定の重要文化財に指定されています。
静かな境内で、土曜日のこの日も2人だけが見学に来ていただけでした。
☆ ☆
2016/8/27
神戸市西区櫨谷町の比金山・如意寺は、
5年前までは地元の心休まるお寺でしたが、今でも少し離れた心休まるお寺でした。
比金山・如意寺は大化元年(AD645)に地蔵菩薩と毘沙門天を祀ったのが起源。孝徳天皇の勅願寺と定められるが、後に荒廃と伝えられるも、創建はAD1200年ころ?
如意寺は櫨谷町の山奥の谷あいにありますが、谷を囲む山を越えれば新興住宅地・西神・井吹台が開発されています。
仁王門
櫨谷川に沿う櫨谷町から支流の小さな川沿いの櫨谷町谷口の谷あいを通る道にあります。
道路は仁王門を巻いて通っていますが、少し先で行き止まりです。 が、散策道でのみ、西神団地と繋がっています。
仁王像 吽像 阿像 鎌倉時代の塑像
鎌倉から室町時代に興隆し、江戸時代にも塔頭11院を数える古刹である。
ですから、この仁王門ももちろん境内の中にあったのでしょう。
遠くに3重塔の水煙が見える。
(Wikipedia :塑像 の項では、如意寺の仁王像・阿形の写真が記載されている)
現在の如意寺の伽藍入口 横には巨大な菩提樹
文殊堂
南面は懸造様の高床 聖僧文殊の厨子、秘仏の本尊は地蔵菩薩、
北西から
北面から ・・・ご本尊は左側
東の蔀戸(シトミド)の格子穴から ・・・真正面は板戸になっています
ご本尊は秘仏ですから厨子の中でしょうから、前立仏?と仏像2体。 聖僧文殊尊と??
新しく御詠歌が掲げられています・・・
(蓮葉:はちは)
三重塔 各階に仏像を安置していた。 大日、釈迦、多宝如来。
三重塔前からの境内 中庭と対面には常行堂
中庭から本堂跡
元本堂奥から
戦後解体された元本堂の礎石
元本堂からの展望?
石灯篭から
常行堂 阿弥陀如来 ・・・・神戸市で一番古い建物
ここの蔀戸は格子のある板戸で中が見えません。
如意寺の文殊堂、阿弥陀堂、三重塔は国指定の重要文化財に指定されています。
静かな境内で、土曜日のこの日も2人だけが見学に来ていただけでした。
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